中学2年生の時に「自由」って何か知ってる?
母のボーイフレンドから問いかけられました。

なんでも思うままにできること、好き勝手、気ままになれること、
中学2年生の自分の答えはこんな感じだったと思います。
その時、母のボーイフレンドは私にこう語りました。

「自由とは、するべきことをした時に手に入るもの」

中学生の自分の頭のなかには????が連続。
母のボーイフレンドはすかさずこう言いました。

「貴方は今、学生ですよね。親に養ってもらいながら学校へ通う」
「学生の本分は勉強、そして子供としての本分は親の手伝い」
「その中で、やるべきことを全うしたら”自由”は手に入るんだよ」

自由を手にしたいと思う中学生の私は、自分のするべきことは何?を自問自答。
勉強をおろそかにしていた自分には今自由がないことに気づき、自由を手にするため、
小さなとからできることを進め始めました。

このことをキッカケに、立場と感情を「俯瞰」するクセが身につきはじめたことは、
今の私にとって大きな財産になりました。

それから年月を経ていく中で、職場で出会った教育システム
自己啓発セミナーがまた、私に俯瞰するキッカケを授けてくれました。
「成功とは、目標とは、ものごとをやり遂げる、達成するとはどういこうとか」

サラリーマンの終身雇用が当たり前の環境では、この考えは特別で、
仕事のひとつでしかありませんでした。
今思えばすごい財産を頂ける環境だったのに、業務の一つで終わらせていた自分が
少しもったいない感じもします。

この年齢になって、振り返る昔が増えました。
「あの時、この時・・・・」を俯瞰してみると、すべては今につながり、
今が未来につながっているんだと感じます。

そのなかで、
自分らしい人生を創造し、この時代に生きた何者かでありたいと思う気持ちが湧き上がると同時に、
使命に気づけた自分を嬉しく思います。

しかしその反面、そう思うほどに思うようにいかない自分にジレマンを感じます。
たくさんの情報、得てきた知識を総動員し、俯瞰すると・・・・。

答えは「考えるより動く」

頭での中であ〜でもない、こ〜でもないと考えていると、
経験したことない経験を過去から紐解くため、
失敗したら、うまく行かなかったらと、マイナスの感情が
行動をせき止め、動こうとする自分の足を止めます。

考える前に「クセになるまで動き続ける」

人も動物なんだからと、単純に考えたら行動がもっとも楽なのでは?と思え
最近は行動するを優先していたら、気持ちが軽くなってきました。

諸事情でままならいこともありますが、
小さな一歩を積み重ねたら、案外いい感じになれれきたかな?と
思うようになってきました😁

情報が増えるほどに、頭を使って悩むヒトが多いと思います。
そんな人らと出会い、人生を楽しめたら嬉しいです。